今日は7月7日

去年の7月7日に,私はこういう記事を投稿しました↓.

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【洗脳】あれから二年
http://blueverse.at.webry.info/201607/article_8.html
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同じ頃に書いていて,お蔵入りさせていた記事を今回出してきました.

去年は,これを書いたものの,どうしても投稿することが出来ませんでした.
そして1年経ってしまいました.
今回は思い切って出してみます.去年の今頃書いた記事です.

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【洗脳】ひとりごと(←2016年8月頃に書いた記事)

今回は,完全に脱線な話です.

私は,1997年X JAPAN解散後,TOSHIソロのコンサートには行っていませんでした.
2007年X JAPAN復活の,お台場「I.V.」公開ビデオ撮影収録の前日に,
大阪河内長野のお寺で行われた「癒しのコンサート」に行ったのが,
X JAPANラストライブ以降,本当に10年振りに見る「生トシ」でした.

ですから,その間は,「風の噂」でしかTOSHIのことを知ることはなかったのですが,
今から思えば,かなり濃い風の噂が,
White PoemのBBS「toshiのこと」スレッドにもたらされていました.
当時の私は,TOSHIの実態をよく知らなかったので,全く話についていけず,
せっかくもたらされている情報の,どこまでが本当でどこまでが本当でないのか,
あまりよくわからないまま,ただ流れていました.
「洗脳」とか「マインドコントロール」とかいう言葉は,当時から書かれていました.
私がそれをあまり信じていなかっただけで.

2010年1月と4月の脱会記者会見の時にも,
「マインドコントロール」という言葉は使われていましたが,
あの時はまだお茶を濁す形でしたね.
これから裁判で明らかになりますので.という感じでした.

で,2014年7月7日,七夕コンサートの日に,
「本を書いておりました.洗脳です」
を聞いて,あぁ洗脳だったのかと.

発売日までの間,BBSをざっと読み返しました.
まだあまりピンときませんでした.

『洗脳』発売日,どかんと一撃.大打撃.

...そのまま2年(←今ココ

で,最近,再びBBS読み始めています.『洗脳』第3章の頃のBBS.
あれもこれもこれも,本当のことだったんだなと.

例えば,TOSHIのお父様が亡くなられた日の一週間後位に,

・先日TOSHIのお父さんが亡くなられた
・葬儀に参列も何もなかった

というような書き込みがあったり,
それからかなり経った頃に,

・お父さんが亡くなられた頃に非常に激しいフィードバックがあったようだ

とか.ありました.
これらの書き込みは本当のことだったんだなと思います.

そして,BBSの中には,

・友達がセミナー受けて非常に苦しんで
・その苦しみから抜け出せたのは,家族の支えと,
・TOSHIさんのお母さんが救ってくれた

このような書き込みがありました.

「TOSHIさんのお母さんが救ってくれた」
という内容の書き込みは,他にもありました.複数件あったということです.

『洗脳』のあとがきで紀藤弁護士が,このように書いています.

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(『洗脳』268ページより)

 まず,最初にお伝えしたいのは,これは容易なことではありません.Toshlさんの場合も,洗脳状態を解くことは相当に難しいと思っていました.一九九八年のときも二〇〇四年のときも,そのことをご家族にも伝えていました.
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ここに出てくる「ご家族」って,お母さんのことですよね.

で,先日引用した2010年4月の記者会見のdictationでは,

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2010.4.23 ToshI&ホームオブハート被害者共同記者会見 より
http://www2s.biglobe.ne.jp/~reiko/private/database/text/db20100423toshi.html

Q:断ち切られたとされているご自身のご家族とは今どういう状況ですか?

TOSHI:今は母親は実家に住んでおりまして,何度か訪ねております.この間先日やったコンサートにも招いて,昨日も電話で話したということです.父は亡くなりました.兄弟の方はまだ,直接は話はできておりません.それぞれ海外におります.なかなか連絡がとれていない状況ですけれども,これも近日中に,今は家族に対しても詫びたいという思いがあります.

Q:ご家族と関係が修復されていっているってことですが,お母様はどんなふうに?

TOSHI:そうですね.なかなか僕も海外に行ったり,忙しくしているものですから,ですけれどもやはり,久々に田舎に帰った時にですね,まだ寒くて雪がちらついてて,非常に懐かしい風景の中を車で行きました.その時にずっとこう,外で待って迎えてくれた姿がですね,ありがたいことだなと.残念なことに,父はもうそこにいなかったので,いろんな後悔の念もありますけども,まあ,友も,家族っていうものも,やはり,かけがえのないものっていうのは,あるもんなんだと,いうことを特に今回強く本当の意味で知りましたし,自分ごとになりますけども,そういう歌を今回もずっとこの,その脱するとことからの心の葛藤やそういところを全部素直に歌にしてきました.今回も母との再会と言うんでしょうか,それも曲に綴りまして,やはり自分は音楽,歌手ですので,そういう思いを歌に託して綴っていって,それもひとつの自分のメモリーとして,残していきたいなというふうに思っています.

Q:TOSHIさんに確認なんですけれども,お母様に再会されたというのは何年ぶりかというのと.

TOSHI:何度かコンサートに来たりはしていました.X JAPANの東京ドームのコンサートですとか,X JAPANのコンサートをやる時は大体来ていましたので,まだ僕がホームオブハート,ヒーリングワールドに関わっている時から会ってはいましたけど,また自分が地方に,実家近くの所で営業したりですね,そういった所で会ってはいました.ただ,関係は今とは全く違う,自分の中では心持ちだったので,そう言った意味で本当に再会したといえば,心も含めて再会したという思いで故郷に帰ったという意味では,96年位から以来だと思います.

Q:その前回帰られたのは何月の話なんですか?

TOSHI:前回帰ったのは確か,何か仕事でえっと・・・.

紀藤:前回って,3月とか.

TOSHI:この間の話ですか?この間話したのは,2月位だったと思います.

Q:その時が本当の意味での再会?

TOSHI:そうですね.心の再会といったらあれですけれども,表面上は何度か会っていましたけれども,本当の意味では.
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Toshlはお母さんに会いに行ったと言っていましたし,
その時の曲も作ったと言っていました.
会いに行ったのは2010年2月.自己破産も決定し,離婚も成立した後だと思います.

それが,『洗脳』出版の時点で,お母さんに関しては暗黒時代に戻っているんですよね.
何かあったのだろうとは思いますが,今更何があったのかな?と.

で,資料読んでいたら,まずこれが↓.
(他にもあるかも知れませんが,まずこれ)

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(婦人公論 2014年9月22日号No.1409 より抜粋)

 家族との関係ですが,父は03年に亡くなっていました.僕はその頃HOHにいたため,長い間父の死を知ることができなかった.それが今も大きな悔いとして残っています.母や兄とは……現在,疎遠な状態です.恥ずかしながら,母も兄も,僕を利権としてしか見ない状況は,洗脳される前から現在に至るまで変わっていません.僕が破産し,無一文になった時でも「自分がしでかしたことだろ!」の一言.X JAPANのコンサートが決まると母は,僕がお世話になっている方に「あたしやあたしの周囲にいるファンのための席や特別室を用意しろ」と高圧的に言ってくるような状態です.僕の場合,人生を踏み外すこととなったのは,愛のない家族との関係も一つの重要な要因であったと考えます.
 一方で,脱出にあたって多くの方たちに助けられ,支えていただきました.同じように,僕も人を救うことのできる人間でありたい.今後は,音楽活動とともに,講演活動にも力を入れていくつもりです.つらい経験でしたが,それを伝えることが,迷ったり,不安だったり,道を踏み外しそうになったりしている若い人たちを救うことに繋がるのであれば,こんなに嬉しいことはありません.
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この部分が,脱会直後(上記2010年4月)の記者会見で言っていたようなことと著しく違いますよね.

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僕が破産し,無一文になった時でも「自分がしでかしたことだろ!」の一言.
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要するに,お母さんとお兄さんはお金を出してくれなかったということですよね.
三上さんとお父様に出していたたいた分は早く返したかったでしょうし,
自己破産しても,すべてがチャラでなく支払い義務があるものもありますし.

確かに(当時大反対を押し切って)自分がしでかしたことではありますが,
脱会者にこの一言はきついなとは思います.

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X JAPANのコンサートが決まると母は,僕がお世話になっている方に「あたしやあたしの周囲にいるファンのための席や特別室を用意しろ」と高圧的に言ってくるような状態です.
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これに関しては,うーん(^^;
あの運営ですから何とも(^^;
多少伝言ゲーム入ってませんかね?(^^;

これって多分,2010年8月の日産スタジアム公演のことですよね?
お母さん,きっと何度か問い合わせなり,お願いしたのではないのかな.
でも全く返事がない.わかります.返事ないんです.返事ないのが当たり前なんです.

あの運営は,今でこそかなりマシになりましたけれども,
以前はお客からの「問い合わせ」「クレーム」に対して全くの「無視」でした.

お母さん,「お世話になっている方」なのですから,何度無視されても高圧的はいけません.
「恩人様」なのですから,もっと下から何度でもていねいにお願いしないと.
お母さん,運営にではなくToshlに直接チケット頼めばよかったのに.

もし,この一件が,Toshlとお母さんの間の大きな溝となったのならば,
もしかしたら大きな行き違いがあったのかも知れないなと老婆心ながら.