2018.1.9「マツコの知らない世界」

いろいろ新しい発言がありましたね.

もう一息あとちょっと.という感じです(何が?

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YOSHIKI:
バンドメンバーっていう以前に,幼なじみの友達っていうか,家族だったので,
父親を失った時くらいのインパクトはありました.
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「TOSHIの脱退」について,このような発言は初めてだと思います.

まず,それまでにも散々,「X JAPAN(X)のメンバーを家族に例えたら」という質問に対して,
TOSHIは「親戚の子」というような言われ方をしていました.
HIDEが「お母さん」,PATAが「おじいさん」,HEATHが「弟」というのに対し,
非常に距離がある淡泊な印象を受けていました.
が,実は,最愛の父親同等(もしくはそれ以上)だったという感じですね.

「父親を失った時くらいのインパクト」

これが今回ワタシが受けた一番大きなインパクトかも.
それまでのYOSHIKIの曲は,「父親の死の痛み」の部分が色濃く投影されていましたが,
幼い頃に受けたYOSHIKIの人生最大の心の傷に迫る「傷」.

はぁ.

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YOSHIKI:
一生会わないんだなって思ってました当時は.
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「愛憎」という言葉がぴったりだと思います.

はぁ.もう何やってたんでしょうこの二人.

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(番組字幕とナレーションより抜粋)

・音楽性の違いと洗脳騒動により
・1997年4月,突然脱退を表明
・そしてその年の9月YOSHIKIは正式にX JAPANの解散を発表したのである

・ライブ最後の曲「Forever Love」をTOSHIが歌い始めた
・その時,ファンに語り継がれる伝説は生まれた
・演奏を中断したYOSHIKIがゆっくり向かったのは,幼い頃から共に歩み続けたTOSHIの元だった
・そして,2人はお互いに強く抱きしめ合った
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細かいようですが突っ込みますと(^^;

1997年4月の時点では,(一般に言われている)『洗脳騒動』は起こっていません.
『洗脳騒動』は,1998年9月です.

そして,「Forever Love」は,最後の曲ではありませんし,
「演奏を中断」してTOSHIの元に向かったのでもありません.
あの演出(ドラムソロ→ステージへ花道を行く)は前年もやりました.

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マツコ:
それがどういうタイミングで再開出来たんですか?

YOSHIKI:
Toshlから僕聞いたんですけど,Toshlが洗脳されていたリーダーの人が,『X JAPANを再結成しなさい』と.
そうすることによって,『もっと自分にお金を貢ぎなさい』みたいな話になったということで,
僕の元に10年後に戻ってきて,
僕も幼なじみとして知っているので10年後でもなんか少し普通じゃないことは分かっていたんですけど,
ひょっとしたら,また,東京ドームとか,演奏することによって,またそういう感覚が戻ってくるかもしれない.
その,なんか,チャンスかも知れないと思って,
開けたくない,悲しみとか苦しみとか混乱の海に飛び込んでみたんですね.
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「チャンスかも知れないと思って」
「飛び込んでみた」

はい.そうですよね.はい.

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YOSHIKI:
1曲だけ,X JAPANのために曲を書いてみよう.
それで書いた曲が『Without You』.
書いて,さっき言ったドアを僕は閉めたんですけど.

マツコ
もう一度って思いはどこかにあった?

YOSHIKI:
あったでしょうね.
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「1曲だけ,X JAPANのために曲を書いてみよう」

はい.これは初耳です.

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(「YOSHIKI/佳樹」より)

HIDEのために作ったこの曲を歌えるのは,やっぱりTOSHIしかいない.この曲は,まぎれもなくXの曲なんだ.
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ある意味では,「YOSHIKI/佳樹」のこの書き方は微妙に間違いで,
最初からTOSHIの声で書き,
歌詞もTOSHIに向けて書いていた部分が多くあった.
ということなのだと思います.

はぁ.長かったですね.20年ですよもう.

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(番組より その他の部分)

YOSHIKI:
ドクターからはストップがかかっている.
ピアノ,作曲でいきなさいと今も言われているんですけど,多分ドラムを叩くと思うんですよ.
ギリギリ,テクノロジーも追いついてきているので,2回手術してますけど,3回でも4回でも倒れるまでやろうという覚悟ではあるんです.
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Toshlが帰ってきて『Amethyst』まで歌ってくれましたからね(;_;)

はぁ.『Amethyst』『Amethyst』.
あの曲のタイトルは何で『Amethyst』なのでしょう?
歌詞の中に『Amethyst』という言葉は一度も出てこないのに.