1/7 Toshl新年3日目 -7-

<夜の部> Toshlの52年の後半

この回も苦しみを伴った頃を振り返る回でした.
前回は「さようなら」で墜ちて行った所までで終わり,
その続きはどうなるのだろうと思っていましたが,
その続きの先が今のToshlなので,先は明るいというか.

『洗脳』は,2014年7月に出版されましたが,
本の内容は2010年4月までで止まっています.

今回のライブは,ほとんどがその「2010年から」ということでした.
その前の「2008年X JAPAN再結成」については昼の部でやりましたから,
本当に今回の8公演は,パズルを組み合わせたような内容だったなと思います.

時系列的に,やっぱりそうだったのかと思うこともあり,
頭ぐるぐるという点ではかなりぐるぐるぐる(@_@)

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(入場曲なしでCUTT,小瀧登場.ステージへ)

・CUTT「Toshlさんいらっしゃる前に」
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という感じで,CUTTくんの前説.

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♪マスカレイド(音源試聴)

SE.時の海へ
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「マスカレイド」終了後,すぐに「SE.時の海へ」でToshl登場.
やっと辿りついたこの形(^^;

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・みなさんこんばんは
・龍玄としでございます
・「マスカレイド」がそのうちリリースされます
・もちろん作詞作曲は龍玄とし
・アレンジは龍玄とし
・レコーディングエンジニアはCUTT
・ストリングスの譜面を書いたのは小瀧

・今回のテーマは
・CUTT「名曲で綴るToshlさんの半生」
・前回(1/5)は2000年までを歌で綴った
・今日は2000年以降の半生を
・歌とともに皆さんにお伝えしていく
・そういうコンセプトでございます

・2000年以降というのは
・僕もあまりよく分からない時代があったので
・2000年初期の音楽とかはあまり分からないんですよ
・敢えて選んできました
・そんな中でも
・変な世界に行ってても
・感動した歌があったんですよ
・その中でも僕を癒してくれた歌

・「栄光の架け橋」
・これ,何年ですか?
・CUTT「X以外のことはあまり分からないです」
・(ゆずさんと紅白歌合戦で隣だった話)

・スポーツと歌が合わさると感動するよね
・スポーツは嘘がないというか
・本当に実力の世界だから
・本当に感動するんですよね
・最後体操の着地見てました
・本当にいい曲です

♪栄光の架け橋(ゆず)
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調べましたφ(.. )
この曲は2004年です.2004年の夏のオリンピックです.

2004年と言えば,そうですアレです.段ボール箱事件です.
結果的には,あの件が,HOHを揺さぶる大きな出来事となったと思います.

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・次の曲はAIさんの「Story」
・この曲は本当にいい曲
・(当時)佐賀県に行った時に
・(調律学校時代の先輩の音楽教室に行った時に)流してくれて聴いた
・すごいいい曲だなと思って
・そんな思い出があります

・この間,紅白(の通路)でAIさんとすれ違った
・僕はこの曲好きだからAIさんを一方的に知っていましたが
・AIさんが僕の顔見ながら「さいこう」「さいこう」って
・ファンらしいんですよ
・後ろからどんどん来るから立ち話は出来なくて
・歩きながら「さいこう」「さいこう」って
・僕が「Story大好きです」って言った
・「マジですかありがとうございます」って
・という紅白の一場面
・嬉しかった

・この曲も多くの人の支えになったんじゃないかなという
・歌の力がある素敵な曲です

♪Story(AI)

・この2曲は僕にとっては
・そういう時代においても僕の心を慰めてくれた
・すごく沁み入った曲だったんです
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調べましたφ(.. )
2005年リリースのようですね.
ですから,当時のToshlが聴いたのは2005年以降.2005年か2006年頃かな.

この曲は,Toshlが昨年の明けましておめでとうライブで歌って,
最終日のキラキラ玉手箱で再度歌った歌ですね.
(それまでに歌った曲の中で)どれがよかったかをスタッフに調査して,
この曲が選ばれたということでした.

「栄光の架け橋」
「Story」

洗脳時代を振り返るこの2曲.
熱唱力唱大量歌い込み賞でした.

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・いろいろ紆余曲折ありましたけれども
・X JAPAN再結成しまして
・2008年,今日の昼のライブ行って
・まだまだ僕も目が覚めていたわけではないですけれども
・そこから2010年からやっといろいろな状況が変わってきまして
・そして新しい僕の
・その時に書かれた曲が「クリスタルピアノのキミ」
・YOSHIKIさんと再会があって
・いろいろ紆余曲折があったんですけれども
・再結成してやっていこうという
・一応そういう方向になったんですね

♪クリスタルピアノのキミ
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この部分は何度も思い返しました.
状況が目に浮かびました.

Toshlにとっては,
2010年1月,LAのYOSHIKIスタジオに行ったのが,
本当の意味での「幼なじみとの再会」だったということですよね.

YOSHIKIにとってもそうだったのでしょうね.
YOSHIKIは「目ひとつ見れば分かる」とかって2015年秋のSONGSで言っていましたから.

その時のことは,その当時の「YOSHIKI mobile」のYOSHIKIメッセージでも書かれていましたし,
Toshlの側からは,2010年2月のサヨナラコンサートのパンフレットや,
2011年8月発行の星空のネプチューンPHOTO&ESSAYなどで書かれていました.

2006年10月にYOSHIKIに電話をかけた時は洗脳中.
2007年3月と8月にLAに行った時も洗脳中.
2008年3月復活公演も,2009年1月初の海外公演も洗脳中.
だから,その頃はまだ,自分の意思での「再結成」ではなかったというか.

2010年1月に,もう声が出ない状態だったToshlが,
もう歌をやめる決意でLAに行ったToshlが,
この時にYOSHIKIと再会.本音での再会.

今から考えてみると,
この時のYOSHIKIが,初めてToshlに「口」で勝ったということですよね.
勝ったと言うと表現悪いですから,引きよせた.かな.粘った.かな.

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(「洗脳」243ページ)

「なんか少し聞いたけど,トシもいろいろ大変だったんでしょ?」

「そうか……実は俺もいろいろあって大変だったんだ……」
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この辺が,先日の「ダウンタウンなう」の,

YOSHIKI「どっかで自分も,バンドから離れたかったんです」
YOSHIKI「当時.僕も弱っていたというか,X JAPANがなくなってしまったってことで,自分もミュージシャンをやめようか位に思ってたんですね」

こーゆー言い方にそっくりです.
俺も大変なんだから,だから一緒に頑張ろうよ一緒に頑張ってよ.という感じ.

そして,2010年1月,
この時は,YOSHIKIはX JAPANの運営を訴えていましたから,運営から離れて,
YOSHIKI主導でのX JAPANを再結成(?)し,
それに,Toshlが,自分の意思で加わった.ということですよね.
そして,そのままの状態で今に至る感じになるのかな?

ここの「紆余曲折」を時系列で考えるとそうなります(^^;

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・次は「JADE」
・CUTT「初披露は2009年の東京ドームです」
・東京ドームの日の朝に歌詞が来たんですよ
・その時まで一回も歌ったことがなかった
・本当のぶっつけ本番でした
・朝,東京ドームに行く車の中で初めて歌詞を見た
・この曲オープニングナンバーとして定着しましたね
・新しいX JAPANのサウンドの方向性を示したような楽曲
・非常に新しい感じの楽曲でした

・「JADE」あるあるは?
・CUTT「Toshlさんが♪JADE~って言ったら花道の向こうから花火がダーン」
・あれはMSGだったね
・花火来ますよというのは分かってたんだけど
・火薬の量が本番の時は半端じゃなかった
・CUTT「映像で見ても凄い」
・いいよね.この楽曲ね

♪JADE
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ワタシは,X JAPANの海外公演はMSGとウェンブリーしか行ってませんが,
MSGの「特効」の凄さには本当に驚きました.
日本だったら消防法か何かで絶対ダメだろうなというような火柱とか,
ありえない量の紙吹雪とか.

で,これは「Toshl伝説」になるのかしら?
「JADE」の歌詞は,2009年5月2日,初演の朝にボーカリストに届けられた.と(^^;

その当時のTOSHIさん,歌詞の意味考えるなんて余裕ありませんよね(^^;
今はどうかしら?(^^;
「JADE」の「J」は「Jealousy」の「J」って(←やめなさい

で,この時のToshlの歌は,太い堂々とした声だったと思います.
低くはなくて高くても太い声.安定した声.美声.
最高音は裏でしたけれども変な裏でなく太めの裏.
2016年VJSの頃の試行錯誤していたであろう頃からかなり進化したような裏.

最後の「My JADE~」の部分は,
「My」で一旦切って「JADE~~~~」がロングトーン.
堂々としたデスボイス風がなり声風ロックなロングトーンでした.

Toshlの美声を聴きながら,当時のこんな↓インタビューを思い出したりもしました.

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(2009.3.27 映画『REPO!』Special Party! より)

---新曲(「JADE」のこと)はどんな曲になりそうですか?

YOSHIKI:
どこをとってみてもX JAPANという曲調ですね.
結構,激しい曲ですけれど,サビはバラードっぽい構成です.
再結成した時に書いた曲は,TOSHIがどこまで歌えるのかわからなかったので,手探りだったんですよ.10年もブランクがあったので.
今回はライヴをやって,出来るというのがわかったので,
彼の魅力を最大に引き出した曲になると思います.
この前の香港のコンサートの時もそうだったんですけど,
TOSHIは前よりもパワーアップしてるんじゃないかな.
どうなっちゃってるのかなと思うくらい,前よりもすごいと思います.
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「彼の魅力を最大に引き出した曲になると思います」

物凄く暑いな(^^;

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・JADEリリースされたの何年だったっけ?
・CUTT「2011年です」

・2011年何やってたっけ?
・泥沼の中に居たわ
・もうなんか沼の中で這いつくばっていた
・酷い状態だったね
・あの頃のワールドツアーとか最悪だったね
・自分の中ではね
・皆さんには申し訳ないんですけど
・ちょっとあんまり調子良くなかったね
・精神状態が
・身体の状態も良くなかったし
・非常にいろんな意味でもがいていた時代です

・そういう苦しみもいつかは明ける時が来ますからね
・今なんかもう明るくなっちゃったもん
・なんかもう三皮くらい剥けちゃった感じ
・また剥けるよこれ
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2011年は,
1月にDS.YOSHIKIをゲストに迎えての豪華なディナーショー.
3月にAGE.代々木体育館でのファッションショーイベントにX JAPANで.
その直後,東日本大震災.
そのため,3/15の予定だった「JADE」リリースが延期.
4月にソロでチャリティコンサートとDSを全国4都市で開催.
6月,「JADE」リリース(配信)と同時にヨーロッパツアー.
8月に再びYOSHIKIをゲストに迎えての豪華DS.日本でのフェス参加も.
その後,南米ツアーとアジアツアー.
TAIJIが亡くなったのもこの年.2011年7月.

それでも,そんな苦しみの泥沼から自力で這い上がってきて,
明るくなって,「また剥けるよ」って.

えっと,蛇は何回脱皮するんでしたっけ?(^^;

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・僕の肌綺麗でしょ?
・どう?
・CUTT「今年は凄く綺麗だなと」
・ぷりっと剥けたもん
・どんどん綺麗になっちゃうよ

・(タッキーのラジオ番組に出た話)

・次は「星空のネプチューン」

♪星空のネプチューン

・続いてソロの曲「群青の夕紅れ」
・この頃になってくると元気になってくるんだよね
・何年だったっけ?
・2015年?じゃあ全然元気だわ
・2015年?
・CUTT「2015年3月」

・2014年の本を出したことが大きかったよね
・苦しみ抜いた2010年,その前からずっとですけど
・2010年11年というのは非常に大変な時期で
・10年11年12年13年,この4年間は
・ある意味本当に人生の中で一番辛い
・違った意味での凄く辛い時期だったんですね

・本の執筆の話が出てきて
・それをまとめていったんですね
・自分の半生
・子供の時からずらずらとただひたすら書き続けて
・12年頃から始めたのかな
・一度挫折して
・一回本の出版をやめようと思って
・ミクニの現代美術館でやった時に講談社の人来てたから
・だからその頃から始まったというか
・その前から始まったんですけど

・それでいろんなことを書いているうちに
・いろんなことが自分の中でクリアになって
・書く作業吐き出す作業が僕にとってはよかったんですね
・いろんなことが一つ一つ明確になって
・過去を切って捨てていくみたいな感じ
・過去なんて今思えば自分で定義したようなものですから
・そんなものさっさと捨てて次へ進むことが出来るわけですから
・そんなものに縛られていてもしょうがないなと思って
・そんなことしている暇がないと思って
・そこから2014年位からぐんぐんと変わってきて
・自分の人生を地に足をつけて歩んでいこうみたいな
・たとえどんなことがあったとしても
・正当化もしないダメなものはダメ
・そんなものはさっさと早く切り捨てて前へ進むって感じ
・それでこの「群青の夕紅れ」リリースするに至っていくんですね
・その思い出の曲をやってみますか

♪群青の夕紅れ

・この頃からはじけていくよ
・物凄い勢いではじけていくんですよ
・人生を楽しんじゃうぞみたいな
・そんな感じにガシャッと切り替えて
・そういうこと出来たの本当に皆さんのおかげなんですよ
・本当に皆さんどんな時も応援してくださるからね
・有難いなと本当に助けていただきました
・だからこうして数年経っても楽しいコンサートとかイベントとか出来ること
・本当に僕にとっては幸せの極みですね
・そんな感じでソロの方も元気になっていくんですが
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多分こんな感じφ(.. )

時系列的には,

2012年末:無農薬野菜の店でCD発見
2013年4月:ミクニの現代美術館のライブ
2014年7月:「洗脳」出版
2015年3月:「群青の夕紅れ」リリース

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・X JAPANさんの方はどうなっていたのかな?
・CUTT「2015年にはX JAPANの方もリリースがございまして」
・CUTT「マジソンスクエアガーデンが2015年」
・マジソンスクエアガーデンでやって
・この「Born To Be Free」
・リリースされたのは?
・CUTT「同2015年11月です」

・これ思い出の曲でもあるんですよ
・YOSHIKIさんと再会した時に
・YOSHIKIの部屋で2010年のお正月
・この曲をYOSHIKIがちょうど作ってて
・ピアノで弾いてて
・背中を押してくれるような言葉だったんですよね
・そういうタイミングってありますよね人生にね
・ではめでたく2015年にリリースされたという「Born To Be Free」を

♪Born To Be Free
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ここでCUTTくんが間違えたんですよね(^^;
MSGを2015年と言いました(^^;
隣で聞いていたはずのToshlも訂正せず(^^;

2014年7月:「洗脳」出版
2014年10月:MSG公演(Toshl誕生日)
2015年7月:Toshl魔夏の夜ロック祭り(CUTTくん参加)
2015年10月:ToshlバースデーロートDS(CUTTくん参加)
2015年11月:「Born To Be Free」リリース
2015年12月:X JAPAN JAPAN tour

この流れですから間違うわけないと思うんですけどね(^^;

でも,まあ,Toshlが明るく変わっていったのは,
CUTTくんの影響も非常に大きいと思います.
2015年7月にCUTTくんがロック祭りに参加して,それからですよね.
Toshlのソロライブでのレパートリーが劇的に増えましたし,
過去曲掘り起こしもギターもコーラスもトークも手伝って,
どんどんToshlの笑顔が増えていったと思います.

で,ここのライブでは,
「ぼんつびジャンプ」を「ワンワンコール」でやることになって,
(戌年だからだったと思います)
「Born To Be Free」を明るく笑い飛ばせる日が来たんだなぁと.

その,笑い飛ばしている中でも,小瀧くんのピアノがかっこよかったです.
凝ったフレーズ入れてきましたイケメンコタッキー.

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・次はもうここに来たのね
・今日僕の半生語った?
・次は「時の海へ」

♪時の海へ
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この曲は立って盛り上がって.
最後は超ロングトーン.

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・次は一番新しい曲
・「PHOENIX~HINOTORI~」
・これ凄く難しいんですよ
・SUGIZOのライブいらっしゃった方いますか?
・結構いらっしゃるありがとうございます
・SUGIZOワールドがエレクトリックな世界ですからね
・どうやってアコギでやるか
・我々としては
・アコギチャレンジ隊としては
・みなさんにプレゼントしたいと思います
・火の鳥になって今年一年羽ばたけるように
・応援歌でございます

♪PHOENIX~HINOTORI~
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CUTTくんギター頑張りました.
CUTTくんコーラスも頑張りました.
Toshl凄くかっこよかったです.
勢いが凄かったです.
台詞の部分もきっちり.「ひのとりー!」
情熱的な火の鳥というか,最後の盛り上げ追い上げはさすがToshlという感じ.

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・というわけで自分の人生振り返ったかどうか忘れちゃったんですけど
・とにかくこんなふうになりました

・使用前使用後をよく知っている方がたくさんいらっしゃるので
・みなさんも一緒に人生をエンジョイして楽しんでまいりたいと思いますよ

・安心して大船にのったつもりで僕のPHOENIXの火の鳥の翼に乗ったつもりで
・今年は思いっきりみんなで羽ばたいていきましょう
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「とにかくこんなふうになりました」

これが,52年の人生を振り返るライブの締めの言葉,結論.

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・最後は僕にとって本当に大切な曲になりました「CRYSTAL MEMORIES」を聴いてください

♪CRYSTAL MEMORIES
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幸せそうな声だなと思いました.
いろいろあったけれども,今は幸せなのだと.